「金や〜ん…って、いない?」
音楽準備室に顔を出したが、目的の人物の姿はない。
「どっか行ってるのかな…」
とはいえ、ここをあんまり長い間開けて出て行く…ってことはないから、すぐ戻るよね。
そう解釈して中に入り、いつも先生が使っている机の前に立つ。
「う゛…使ったら元に戻してって言ってるのに」
机の上には、多分恐らく下調べで使ったと思われる本が山積みになっている。
「待ってる間に片付けよう」
はぁ、とため息をついて手を伸ばした時、ふと椅子の背にかけられている白衣に目を留めた。
「………」
これ、金やんのだよね?
っていうか、それ以外ないよね?
誰もいないのが分かってるのに、ついつい周囲をきょろきょろ見回してから白衣を手に取る。
「うわ、でっかい…」
両手を思いっきり上に伸ばさないと、白衣の裾が床につきそうになる。
「…なんか、むかつく」
金やんぐらい身長が欲しいとは言わないっていうか、あそこまではいらない。
でも、もし出来るなら5cmくらい分けて欲しいものだ。
ポケットに小銭でも入ってないかなぁ〜と思って揺らしてみたけど、布の擦れる音以外なにもない。
そのまま椅子に戻そうとして、ある事を思いつく。
「着てみてもいいかなぁ…」
ぼそりと呟いた独り言は、静かな部屋に案外大きく響いたように感じた。
再度誰もいないのを確認して、思いきって白衣に袖を通してみた。
「うっわ…」
でかっっっ!!!
袖を手繰り寄せないと、どうやっても手はでないし、裾に至っては階段でも降りようものなら確実に踏みそうだ。
「うわぁ…なんか、やっぱり金やんって大きいんだ」
改めて実感するっていうのも変だけど、こうして服を着てみると、自分との差が良くわかる。
袖を折り返して手を出していると、不意にドアの開く音が聞こえ思わずその場にしゃがみ込む。
「か〜?」
――― げっ!!か、金やん!?
元々金やんに会いに来たんだから、戻って来たことは喜ぶべきことなんだけれども…こうして白衣を着て遊んで、いや、遊んでいるわけじゃないんだけど!!
出来ればもう少し、あと5分、いや3分後に帰ってきて欲しかった!
慌てて脱ごうとしたら、折り返していた袖が制服の袖口に引っかかって上手く脱げない。
そうこうしている内に、どんどん足音は近づいてくる。
「?いるんだろ?お前さんどこで何を…」
頭上から聞こえた声が途中で止まった事に気付き、ゆっくり顔を上げる。
すると、そこにいたのは…珍しい物を見たような顔をして動きを止めている、金やん。
そしてあたしは…といえば、引っかかった白衣が脱げず、羽織ったまま出迎えるという情けない状態。
「……」
「お、お帰りなさ〜い…」
これ以上隠れていても無意味なので、立ち上がって手を振る。
――― 微妙に頬を引きつらせながら
「お前なぁ…」
「う゛…ご、ごめんなさい」
思いっきりため息をつかれて、思わず見えない耳が垂れ下がる。
やっぱ仕事着をこんな風に扱っちゃ駄目だったよね。
でもでも、すぐに脱ぐつもりだったんだよ!?
って、言っても言い訳にしかならない。
ここは素直に謝ろう。
そう思って、頭を下げかけたら、そのまま抱き寄せられた。
「ほぇ…」
「俺に、そーいう趣味はないっつーのに…」
「???」
そういう趣味って、どういう趣味?
その真意を確かめようと顔をあげるよりも先に、顎に指がかけられて軽く唇が重なった。
「っ!!」
唇はすぐに離れたけれど、頬を金やんの大きな手で包まれて…視線をそらすことが出来ない。
どうしていいかわからず戸惑っていると、至近距離で妙に楽しそうな顔で金やんが笑っていた。
「あの、か、金やん?」
「…悪くない」
「は?」
「だが、場所が悪い」
「???」
――― さっぱり意味がわからない
再び尋ねようとしたけれど、それよりも先に白衣を返せと引っ張られて慌てて脱いだ。
その直後、音楽科の人が入ってきて、とある楽譜の捜索が始まってしまい、気付いたら金やんに尋ねること、そのものを忘れてしまった。
でも、探している最中…
白衣の金やんを見て、ちょっと嬉しかった自分がいたってのは、覚えてる。
金やんの言ってる意味がわからないお嬢さん…そのままの、清らかな貴女でいて下さい。
深読みをして、あぁ〜とか思った大人なお嬢さん…口を開かず、笑うだけにしといて下さい。
以上!!
…とか言ったら駄目?(笑)
おっかしいなぁ…最初は白衣を着て、それを見た金やんが苦笑するってだけだったのに…なんでこうなったんだろう。
ってか、そーいう趣味がないとかあるとか、場所が悪いとかって…アンタ(苦笑)
怪しい台詞を吐くのを止めて下さい←書いているのはあなたです。
でも、そういう台詞似合うよね?あの人←断定するのは止めて下さい。